イギリスの「食生活改革」

2005年03月10日(過去の日記)

最近ひそかに毎回楽しみにしている番組がある。チャンネル4で毎週水曜日に放送されている「ジェイミーズ・スクール・ディナーズ」だ。

http://www.channel4.com/life/microsites/J/jamies_school_dinners/index.html

これは、あのイギリスのカリスマシェフ、ジェイミー・オリバー(通称「裸のシェフ」)が、イギリスの学校給食を根底から変えようと、実際にとある公立校の調理室に乗り込み、悪戦苦闘する姿を描いたドキュメンタリーだ。

なぜ「学校給食」か?といえば、それが「子どもの食生活」の象徴的存在だからだ。

現代の一般的なイギリス人の食習慣は相当ひどい。

イギリス料理がおいしくないのは昔から有名だが、それに加えて最近は、アメリカ文化の象徴とも言うべきジャンクフードが蔓延している。街では、マクドナルドやピザハットはいつも満員だし、小さい子どもを連れた家族づれから、高校生の集団まで、ファーストフード店だけは本当ににぎわっている。

本の学校給食はある程度きちんと栄養管理されて、バランスの取れたメニューが出されるが、イギリスの場合(番組で紹介されていた学校では)ビュッフェ形式で、生徒は自分の好きなものを選ぶことが出来る。

かつ、メニューはと言えば、チップス(フライドポテトのこと)、ハンバーガー、ピザなど油濃いものばかりで、ほとんど野菜がない。つまり子どもたちは文字通り毎日、ジャンクフード漬けの食生活を送っているのだ。

そんな状況にジェイミーが乗り込んでいくのだが、興味深いのは、彼が作った料理を子どもたちは選ぼうとしない。日本だと、誰でも嫌いなものが給食に出されて苦しんだ記憶があるだろうが、イギリスではビュッフェ形式だから、嫌いなものは食べる必要がないのだ!

つまり多くの生徒がジャンクフード中毒になってしまっていて、野菜を使った料理に拒絶反応を起こしてしまう。中には無理して食べて吐いてしまう子どもまでいる。

また油ものばかりなら大した調理技術はいらないが、「おいしいもの」を作る、となると、もちろんそれなりに技術も必要になる。しかし、今の調理場の人達にはジェイミーの要求する料理を作る技術が具わっていない。(番組中の「調理場のドラマ」もなかなか興味深い。アーノルド・ウェスカーの名作『キッチン』ばりの人間模様だ。)

そこでジェイミーは、子どもたちの意識改革、さらには調理場で働く人達の意識と技術の訓練にも地道に取り組んでいくことになる。最初は、いつもの軽い調子で余裕が見られたのが、あまりにも困難が多すぎて段々苛立ってくるのがやや痛々しい。

ところで「何を食べるか?」というのは人間を形作る最も根本的な要素だと思う。

人間の細胞が数週間ですべて新しいものに入れ替わるのだとすれば、今食べたものが、まさに来週の自分を作っている、ということになる。集中力がない、いらいらする、乱暴…等等は、案外食べているものに一番の問題があるのではないか、という気がする。

日本の給食はイギリスよりはマシだろうが、日本人の食生活もまた荒れてきている、ということを否定する人はいないだろう。その意味で、イギリスのこの新しい「実験」は、日本人にとっても非常に重要な意味を持つのではないか、と思う。

こうした「実験」がイギリスで起こるたびに、イギリス人の「気付き」の早さとその行動の思い切りのよさに感心させられる。「金融改革」「大学改革」など、現代でもイギリスはあらゆる面で世界に先駆けて改革に乗り出して先進国のお手本となってきたが、今度は「食生活改革」に取り組み始めたと言えるかもしれない。

日本でも「食の安全」ということが言われているが、更に一歩進んで「安全な中でも、一体何を食べるのか?」ということがイギリスでは問われ始めているのだと思う。(ジェイミーのサイトでは「フィード・ミー・ベター(もっと良いものを食べさせて)運動」と呼んでいる。)

現ブレア政権の最重要課題は「教育」だが、食によって教育を変えることが出来れば、それは究極的に根底から変革を起こす一大作業だと言えるだろう。

そう言えば、少し前にBBCのニュースで、イギリスのある学校の給食が野菜をふんだんに使った健康食に変わったことをレポートしていたが、それもこの番組の運動のたまものだろうか。もしそうだとしたら、この国のもつテレビメディアの力に、改めて畏れ入る。

日本でも最近「メディアのあり方」が様々に問われているが、今の日本のテレビに、報道以外で、何か世の中にプラスの影響を与えるものがあるのか、と考えるとちょっと思いつかない。

このジェイミーの番組には、これだけ面白く作って、かつ国の政策に影響を与える番組をテレビは作ることができるのだ…という新鮮な驚きがあった。

本当に面白い番組なので、ぜひ日本でも放送されればいいのに、と思う。